自分の話ばかりする女性はどう見られているか

この記事は、周囲から見ている側に向けて書いています。

自分の話ばかりする女について語られる内容を並べると、 行為そのものより 評価の言葉のほうが偏っていることに気づきます。

ここでは、何が語られているのかと、 その語られ方に何が混ざっているのかを分けて整理します。


自分の話ばかりする女として語られる形

指摘されやすいのは、次の二つです。

  • 共感の交換が長くなる……「私も同じで」から自分の経験の紹介が続く
  • 経緯の説明が細かくなる……話の前提として、関係者の事情まで入る

どちらも、 距離を縮めようとして出てくることが多いものです。 本人には自分の話をしたという自覚が薄い場合があります。

ただし受け取る側からすると、 話題が移動したという点では同じ現象になります。 この構造は 自分語りする男の特徴と、女性とで違う出方でも扱いました。


同じ行為に、違う言葉がつくことがある

ここがこの話のややこしいところです。

同じ長さで自分の経験を話しても、 つけられる言葉が変わることがあります。

同じ行為一方の呼ばれ方もう一方の呼ばれ方
経験を詳しく話す熱心話が長い
前提を丁寧に説明する親切くどい
自分の考えを主張する芯がある自己中心的

つまり「どちらが多いか」という比較は、 行為の量ではなく周囲の評価の差を測っている可能性があります。

数字の裏づけがない以上、 どちらが本当に多いのかは断定できません。 この記事でも、そこは判定しないことにします。


場面によって受け取られ方が変わる

同じ話し方でも、場の前提が違えば評価は変わります。

  • 雑談の場……お互いに自分の話を出し合うのが前提。長くても問題になりにくい
  • 相談の場……相談した側の話が主役。ここで経験談が長くなると引っかかる
  • 仕事の場……用件が主役。前提の説明が長いと本題が遅れる

問題が起きるのは、場の前提とずれたときです。

つまり「自分の話ばかりする人かどうか」は、 その人の性質というより 場との組み合わせで決まる部分がかなりあります。

線引きの目安は どこからが自分語りなのか|線引きの目安にまとめました。


気になるなら、相手ではなく配分を見る

判定しようとすると、印象の話になって終わります。

はっきりするのは、 会話が終わったときに自分がどれくらい話したかのほうです。 そこが極端に短ければ、呼び方はどうあれ消耗はしています。


まとめ

  • 語られやすいのは共感の交換の長さと経緯の説明の細かさ
  • どちらも距離を縮める目的で出ることが多く、本人の自覚は薄い
  • 同じ行為でもつけられる言葉が変わるため、比較は評価の差を測っている可能性がある
  • 引っかかるのは行為そのものではなく、場の前提とずれたとき
  • 判定より、自分がどれくらい話せたかを見るほうがはっきりする

関連