コメント欄の自分語りはなぜ起きるのか|書く側の心理

コメント欄の自分語りは、 書く人が特別だから起きているわけではありません。

この記事は、 コメント欄で他人の自分語りを見てうんざりしている側に向けて書いています。 そのうえで、書く側の事情も併せて整理しました。


コメント欄は自分語りが出やすい構造をしている

まず前提として、コメント欄は宛先が曖昧な場所です。

対面の会話であれば、話す相手が目の前にいます。 けれどもコメント欄では、書き込む先が

  • 記事や動画を作った人なのか
  • 他の読者なのか
  • 誰にでもない独り言なのか

がはっきりしません。

宛先が決まっていない場所では、 書き手の中にある話がそのまま出てきやすくなります。 コメント欄の自分語りは、この構造から生まれている部分が大きいと考えられます。


書く側の心理は「反応がほしい」だけではない

よく言われるのは承認欲求ですが、それだけで説明すると外れます。

実際には、次のような動機が混ざっています。

① 話題が自分の経験と接続してしまった(触発されている)
② 意見を書きたいが、根拠として自分の体験しか持っていない
③ 話す相手が身近にいない
④ 自分の場所を持っていないので、他人の場所に書く

このうち④は、 場所さえあれば起きなかったという種類のものです。 書く場を持っている人が、わざわざ他人のコメント欄で長く語ることは そこまで多くありません。

自分の話を置ける場所については 自分語りができる場所はどこにあるのかにまとめています。


場所によって出方が変わる

同じコメント欄でも、出てくる自分語りの形は違います。

場所出やすい形
ニュースサイト記事の話題に自分の境遇を重ねる
動画サイト投稿者への報告・近況の書き込み
個人ブログ記事より長い体験談

ニュースのコメント欄で起きることは ヤフコメ民の自分語り|ニュースのコメント欄で起きること、 動画や配信での出方は YouTubeのコメント・配信での自分語り|スパチャの場合で それぞれ扱いました。


読む側が消耗しない受け止め方

全部に反応しようとすると疲れます。

コメント欄の自分語りは、 書き手が読者に向けて書いているとは限りません。 宛先のない独り言が、たまたま公開されているという見方をすると、 受け止める負担は減ります。

対面で同じことをされたときの流し方は 自分語りをされたときの返し方|角を立てずに流すにまとめています。


まとめ

  • コメント欄の自分語りは、宛先が曖昧な場の構造から起きやすい
  • 動機は承認欲求だけではなく、書く場所を持っていないことも大きい
  • ニュース・動画・ブログで、出てくる形が変わる
  • 読む側は宛先のない独り言として扱うと消耗しにくい

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