どこからが自分語りなのか|線引きの目安
この記事は、する側・される側の両方に向けて書いています。
自分の経験を話すこと自体は、 会話にふつうに含まれる要素です。 それでもある一線を越えると、名前が付いて批判の対象になります。
その線がどこにあるのかを整理します。
どこからが自分語りかという線が揺れる理由
この言葉に、決まった定義がないためです。
もともと匿名掲示板やSNSで使われ始めた俗語で、 辞書の見出し語として意味が固まっているわけではありません。
そのため判定は、 話し手ではなく聞き手の側の感覚で決まります。 同じ長さの話でも、聞く側の状況が違えば結論が変わります。
目安になる三つの基準
① 聞かれて話しているか
最も分かりやすい線がここです。
質問されて答えているのであれば、 どれだけ長くても批判されることはほとんどありません。 逆に、聞かれていない位置から始まった時点で、 話は割り込みの形をとります。
② 話が相手に戻るか
自分の話で終わるか、相手の話に返すかの違いです。
- 戻る……「そのときはこうしました。そちらはどうですか」
- 戻らない……「そのときはこうでした」で終わる
自分の経験を出すこと自体は問題になりません。 それが相手の話の材料として使われているかが分かれ目です。
③ 長さが相手の反応で変わるか
話す量を、相手を見て調整しているかどうかです。
反応が薄いのに同じ調子で続く場合、 聞く側は切り上げる手段を失います。 批判の中心は、面白さではなく 選べない状態に向いています。
三点の詳しい内訳は 自分語りの何が悪いのか?批判される点を整理するにまとめました。
どこからかは場所によって動く
同じ内容でも、置く場所で判定が変わります。
会話 … 相手が読むかどうかを選べない。線が最も厳しい
コメント欄 … 話題との距離が近ければ許容される
ブログ・日記 … 読むかどうかを相手が選べる。ほとんど線を越えない
つまり線は話の中身ではなく、置かれた場所の側にあります。 場所ごとの違いは コメント欄の自分語りはなぜ起きるのか|書く側の心理、 noteやブログの自分語りは読まれるのかで扱っています。
自分で確認する方法
話し終わった直後に、一つだけ振り返れば足ります。
相手が最初に話そうとしていたことは、終わったでしょうか。
これが終わっていなければ、 話題の所有権が移動したままになっています。 逆に終わっているなら、 自分の経験をどれだけ挟んでいても問題になりません。
似た言葉との線引きは 会話泥棒と自分語りの違い|似ているが別のもの、 自己開示と自分語りの違いとは?線引きはどこにあるかにまとめました。
まとめ
- 定義が固まっていない俗語のため、判定は聞き手の感覚で決まる
- 目安は聞かれて話しているか・相手に話が戻るか・長さを調整しているかの三つ
- 批判の中心は面白さではなく、聞く側が切り上げを選べない状態にある
- 同じ内容でも、読むかどうかを相手が選べる場所なら線を越えにくい
- 振り返るのは一点だけ。相手が話そうとしていたことが終わったか