自分の話ばかりする人の話がつまらない理由
この記事は、聞かされている側に向けて書いています。
自分の話ばかりする人の話をつまらないと感じるとき、 たいてい少し後ろめたさが残ります。 相手は楽しそうに話しているのに、 自分だけ退屈しているように思えるからです。
ただ、退屈しているのには理由があります。 聞き手の側で受け取るものが用意されていない、という理由です。
知らない人が主役になっている
つまらなさの最大の原因は、登場人物です。
自分の話ばかりする人の話には、 こちらが知らない人物が説明なしで出てきます。
「それで、田中がまた同じこと言い出して」
→ 田中さんを知らないので、何が「また」なのか分からない
話し手の頭の中では前提が共有されていますが、 聞き手の頭の中にはその前提がありません。
前提が無い状態で細部を聞かされると、 情報は入ってくるのに像が結びません。 これが退屈の正体です。
結末が読めてしまう
もう一つは、着地点が早い段階で見えることです。
自分の話ばかりする人の話は、 多くの場合そのまま結論に向かいます。
- 苦労した話 → 乗り越えた
- 誰かと揉めた話 → 自分は正しかった
- 買い物の話 → 良い買い物だった
話し手が自分を主役に置いている以上、 落ちる先はだいたい決まっています。
先が読めると、聞き手の側では 「あと何分続くのか」を数える作業だけが残ります。
面白い話がどう組み立てられているかは 自分語りが面白い人と、そうでない人の違いにまとめました。
こちらの返す言葉が一種類しかない
つまらなさには、返しにくさも含まれています。
うまくいった話には、 称賛以外に返す言葉がありません。
| 話の落ち | 返せる言葉 |
|---|---|
| 成功・自慢 | 「すごいですね」だけ |
| 失敗・間の悪さ | 笑う、驚く、似た話を出す |
選択肢が一つしかない会話は、作業になります。 内容が退屈というより、 自分の役割が退屈という状態です。
その役割が固定される仕組みは 自分の話ばかりする人に疲れるとき|聞き役をやめる考え方で扱いました。
退屈に感じる自分が冷たいわけではない
ここは押さえておきたい点です。
つまらないと感じたのは、 相手への関心が薄いからではありません。 受け取れる形になっていなかっただけです。
同じ人の話でも、 前提の説明があり、落ちが読めず、返す余地があれば、 ちゃんと面白く聞けます。 実際、話し方が変わると評価が変わることはよくあります。
だから「自分は冷たい人間かもしれない」と考える必要はありません。 そのうえで、続けて付き合うなら 自分の消耗を減らす方向に切り替えるほうが現実的です。
まとめ
- 退屈の最大の原因は、知らない人物が説明なしで主役になること
- 前提が共有されていないと、情報は入っても像が結ばない
- 話し手が主役だと落ちる先が決まっているため、先が読めてしまう
- 成功で終わる話は返す言葉が一種類になり、聞く側の役割が作業になる
- つまらないと感じるのは冷たいからではなく、受け取れる形になっていないため